富士リーダー塾2011−5−28

サッカーは、自分と周りを輝かす「社会人」育成の為の手段である 印刷用表示 |テキストサイズ 小 |中 |大 |

神戸国際大学サッカークラブ since 2010-01-26

「困難に打ち勝つ強い人間」育てる為に?

「強いといえば、嫁(女)は強いよなぁ〜」

CIMG3381.JPGCIMG3378.JPG女は強い。きりかえがはやい。女は割り切りが早い。大震災時の女性の強さには驚かされる。強さとは、本当に必要な事を選択できる力ではないだろうか?言い換えれば、必要なものの為に、必要でないものは容赦なく捨てる覚悟が女性にあるからではないだろうか。男のように未練がましいことはない。
*「男が弱い、女が強い」は偏見かもしれない。しかし、今回の出席者の嫁は「強い」事が判明!やっぱり嫁は強い。逆らえない!(笑)

指導者の目線の位置が大切なのではないだろうか?

いつも「先生」という立場を固持していはいけない。「先生、親、指導者」も1人の人間である事が大切ではないだろうか。時にはいつも向き合うのではなく、子供(学生・選手・生徒)の横に寄り添ってみたり、グランド作りや環境を作りを一緒に試みる事で、いつも上から見るのではなく、1人の人間としての接点を大切するべきではないだろうか。いつも一方的に伝えるだけの立場ではなく、投げ返されなければ(問いかけてあげなければ)=言葉のキャッチボールが行われなければいけない。

指導者(親、上司)という立場の固定化ではいけない。いつも一方的な関係性になってしまう。おかれた立場は、状況により流動的に変わる事を、大人自身がまず実践しなければいけない。

指導者も1人の人間である。
お互い人間として語り合える場所、時間が様々な育成現場にないのも事実である。今の家庭環境、教育現場に欠けていること。
果たして、人間を大切にしているだろうか?能率効率を重視し過ぎではないだろうか?
子供(学生、選手)に「どうなりたいの?どんな夢があるの?」を問いかける時間と空間がどれぐらいあるのだろうか?勝つ事を常に優先順位の一番にしていないか?
問いかける時間を軽視しているのではないだろうか?育成はより時間をかけて行うもの。

なぜ?勝つ事だけが、唯一の目的になるのだろうか?

「チーム内で、何か残して卒業してくれ!レギュラーにならなくても、何か存在感を残してくれ」と選手に投げかけている。子供(選手、生徒)の様々なものさしで存在を認める事が大切である。勝つ事以外にも、人間の価値はある事を認める事が大切である。能率効率を高めるあまり、「勝ち組」「負け組」、「レギュラー」「試合に出ない選手」、「勉強できる子」「勉強できない子」と安易に線を引く事はナンセンス。様々な存在感を認める事が大切。

なぜ?日本は縦糸(損得の関係)が強いのだろうか?その背景には何があるのだろうか?

CIMG3377.JPGサッカーの指導者は、サッカーの指導者としか関わらない、のでは新たな価値観は生まれない。自分自身の人間関係の狭さに、最近になって驚愕している。同じような事しかいわない仲間といても、(居心地は良いかもしれないが、)何か新しい発見に気づけない。
大人が、横糸(垣根を越えた、損得のない人間関係)をより広げるべきだろう。
富士リーダー塾という会そのものを、より横糸的に広げたい。
垣根を越えて、語り合う場を今後も作るべきだろう。
横糸がより繋がった新たなコミュニティーを生みたい。
指導者も人間。1人で問題を抱える事はない。
ヨーロッパ型の「クラブ、ネットワーク」を作りたい。

2011−5−28 景


出席して頂いた方々、本当にありがとうございます。おかげさまで、「明日から、頑張ろう!」という気持ちになれました。
今度こそ、メインの方を招待して語り合える場を作りたいと思います。今後ともよろしくお願いします。